ヨーロッパの東部に位置するルーマニアは、長い間「未知のワイン大国」と呼ばれてきました。フランスやイタリアの陰に隠れがちですが、実はこの国のワイン造りの歴史は非常に古く、紀元前からブドウ栽培が行われていたと言われます。古代ローマ帝国の支配下にあった時代には、すでにワインが重要な文化の一部となっており、ルーマニアの「Vin」=ワインという言葉もラテン語に由来しています。
今日、ルーマニアはEUでも屈指のワイン生産国であり、フランス、イタリア、スペイン、ドイツに次ぐ規模を誇ります。それにもかかわらず、日本ではまだあまり知られていません。しかし近年、その高い品質と個性的な味わいが注目を集め、徐々にワインラヴァーの間で評価が高まっています。
ルーマニアの魅力のひとつは、その地形と気候の多様性にあります。国土の中央にはカルパチア山脈が連なり、北は冷涼でミネラル豊富な土壌、南は温暖で果実味に富んだブドウが育ちます。
また、黒海に面するドブロジャ地方では、海風と日照のバランスが取れた環境により、上品で爽やかな白ワインが生まれます。内陸部のムンテニアやモルドヴァ地方では、寒暖差の大きい気候が芳醇で深みのある赤ワインを育てています。
このように、ルーマニアは小さな国ながらも多様なテロワールを有しており、一本一本にその土地ならではの個性が息づいているのです。
ルーマニアでは、フランスなどの国際品種と並んで、独自の土着品種が豊富に残っています。これこそが、ルーマニアワインを特徴づける大きな要素です。
〈赤ワイン品種〉
フェテアスカ・ネアグラ(Fetească Neagră):ルーマニアを代表する黒ブドウ。深いルビー色を帯び、プラムやカシス、スパイスの香りが複雑に絡み合います。熟成によってチョコレートやスモーキーなニュアンスも現れ、まさにルーマニアの魂を映すワインです。
ネグル・デ・ドラガシャニ(Negru de Drăgășani):芳醇な果実味と酸のバランスに優れた高級品種。長期熟成にも耐え、エレガントな骨格を持ちます。
〈白ワイン品種〉
フェテアスカ・アルバ(Fetească Albă):繊細で花のような香りを持つ白ブドウ。爽やかな酸とミネラル感が特徴で、食前酒にも最適です。
グラサ・デ・コトナリ(Grasă de Cotnari):高貴な甘口ワインに使われる品種で、貴腐化したブドウから造られる黄金色の液体は、ルーマニアのトカイとも称されます。
タマイオアサ・ロマネアスカ(Tămâioasă Românească):香り高くアロマティックな品種。マスカットに似た甘美な香りと、フルーティーな味わいが特徴です。
ルーマニアは7つの主要なワイン地域を持ち、それぞれに個性豊かなスタイルがあります。
トランシルヴァニア地方
カルパチア山脈の冷涼な気候を生かし、酸がきれいな白ワインが多く生まれます。シャルドネやリースリングなども高品質です。
ムンテニア地方(デアル・マーレなど)
首都ブカレスト近郊の温暖なエリアで、力強い赤ワインが中心。フェテアスカ・ネアグラの名産地として知られます。
モルドヴァ地方(コトナリ)
甘口ワインの聖地。グラサ・デ・コトナリによる貴腐ワインは、世界的にも高く評価されています。
ドブロジャ地方
黒海沿岸のリゾート地帯。潮風と石灰質土壌が育む白ワインは、清涼感とミネラル感に富みます。
社会主義時代には大量生産中心で品質が低下した時期もありましたが、1990年代以降は民営化と投資の流入により、ワイン産業が大きく再生しました。
近年はフランスやイタリアから醸造家を招き、最新の醸造技術を導入するワイナリーも増加。家族経営の小規模生産者が「ルーマニアらしさ」を追求し、国際コンクールでも受賞が相次いでいます。
また、サステナブル農法やオーガニック栽培への取り組みも盛んで、自然環境と調和したワイン造りが進んでいます。その結果、ルーマニアワインは「質の高い隠れた名品」として、ヨーロッパを中心に再評価されているのです。
日本でも、輸入量はまだ少ないながら、専門店やネット通販を中心にルーマニアワインを見かける機会が増えています。価格帯は比較的手ごろで、品質とのバランスが非常に良いのが魅力。
フェテアスカ・ネアグラの赤ワインは、和牛やジビエ料理に合わせやすく、またフェテアスカ・アルバの白は寿司や天ぷらなどの繊細な和食にも好相性です。
まだ知名度こそ高くありませんが、飲む人を虜にする力を持つのがルーマニアワイン。新しい発見を求めるワイン愛好家には、まさにぴったりの一杯です。
ルーマニアワインは、古代の伝統と現代の技術が融合した、まさに「過去と未来の架け橋」と言える存在です。
手つかずの自然、個性豊かな土着品種、そして造り手の情熱が織りなすその味わいは、飲む人に深い余韻と感動を残します。
次にワインを選ぶとき、フランスでもイタリアでもなく「ルーマニア」に目を向けてみてください。きっと、新たなお気に入りの一本に出会えるはずです。