フランス・ボルドー地方、メドック地区の南端に位置するポイヤック村(Pauillac)。この地に屹立するのが、世界最高峰の赤ワインを生み出す名門「シャトー・ラトゥール(Château
Latour)」である。
その名は「塔(ラトゥール)」を意味し、16世紀に建てられた要塞「トゥール・ド・サン・ランベール(Tour de Saint-Lambert)」に由来するとされる。この塔こそ、ラトゥールの象徴であり、ラベルにも描かれている。
ラトゥールは1855年のボルドー格付けにおいて、第1級(Premier Cru Classé)の栄誉を与えられた五大シャトーの一つ。その評価は160年以上を経た今も揺るがず、「力強さと永遠の熟成力を備えたワイン」として、世界のワイン愛好家を魅了し続けている。
ラトゥールのワインを語る上で欠かせないのが、その類まれなテロワール(風土)である。
畑はジロンド川のほとりに広がり、粘土を含む砂利質土壌が特徴。水はけの良い砂利層がブドウの根を深く伸ばし、地中のミネラルを吸収させる。これにより、凝縮感のある果実味と力強い骨格が育まれる。
メインとなるブドウはカベルネ・ソーヴィニヨン(約90%)。そこに少量のメルロー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドがブレンドされる。ラトゥールのカベルネは極めて厚みがあり、熟成とともにスパイスや杉、黒鉛、革の香りを漂わせ、何十年もかけて完成される芸術品のような存在となる。
また、ラトゥールの畑の中でも特に中心に位置する「ランクロ(L’Enclos)」と呼ばれる約47ヘクタールの区画は、グラン・ヴァンのためだけに使われる特別な畑。ここで育つブドウこそが、世界の頂点に立つ「Château Latour」そのものを生み出す。
シャトー・ラトゥールは、ワイン造りにおいて徹底した完璧主義を貫く。その象徴的な決断が、2012年に下されたプリムール(先物販売)の撤退宣言だ。
他のシャトーがまだ市場に若いワインを先行販売する中、ラトゥールは「真に飲み頃を迎えるまで出荷しない」という方針を打ち出した。これは品質への絶対的な自信と、ブランドの信頼性を重視する哲学の表れである。
さらに、ピノー氏のもとで進められるのが、環境への配慮とサステナブルな農業。農薬を使わない栽培、自然酵母の活用、エネルギー効率化など、時代に先駆けて環境と共生するワイン造りを実践している。
この姿勢は、単に高級ワインの生産者ではなく、「自然と人間の調和を追求するメゾン」としてのラトゥールの新しい顔を形づくっている。
シャトー・ラトゥールには、グラン・ヴァン以外にも二つの名作が存在する。
ひとつはセカンドラベルの「レ・フォール・ド・ラトゥール(Les Forts de Latour)」
1970年代から独立したワインとして認知され、グラン・ヴァンに迫る構造と深みを持ちながら、若いうちから楽しめる魅力がある。
もう一つが、より親しみやすい「ポイヤック・ド・ラトゥール(Pauillac de Latour)」で、厳選された若木のブドウから造られる。これらのワインもまた、ラトゥールの哲学と品質管理の精神をしっかりと受け継いでいる。
若いヴィンテージのラトゥールは、ブラックベリーやカシスの凝縮した果実味と、鉄や黒鉛を思わせるミネラル香を放つ。
口に含むと、タンニンは極めて密度が高く、それでいてシルキー。熟成を経ると、革、トリュフ、スパイス、シダーウッドといった複雑な香りが層を成し、長い余韻を描く。
飲み頃はヴィンテージにもよるが、最低でも15~20年、時に半世紀を超えて進化するとも言われる。
その深遠な味わいは、「時間」という名の芸術によって完成される。まさに、ラトゥールは「時間と共に熟成する哲学」そのものである。
シャトー・ラトゥールのワインは、単なる嗜好品ではない。
それは、歴史・自然・人間の技が融合した文化遺産であり、飲む者に「時の尊さ」と「人間の情熱」を伝えるメッセージのようでもある。
ラトゥールのボトルを開ける瞬間、それは過去と未来をつなぐ儀式であり、フランスワインの精神を体現する行為でもある。
圧倒的な存在感を誇りながらも、時代の変化に柔軟に応えるラトゥール。
その姿は、ワインの理想形であると同時に、持続可能な未来を見据えた「進化する伝統」の象徴と言えるだろう。
シャトー・ラトゥールは、ただのボルドー第1級ではなく、「永遠の完成を追い続ける哲学的ワイン」である。
その力強さと優雅さ、そして信念に満ちた姿勢こそ、世界中のワイン愛好家が憧れる理由なのだ。