「ナチュールワイン」または「ナチュラルワイン」という言葉を耳にする機会が増えています。これは、化学的な介入を極力排し、自然のままにブドウを育て、ワインを醸すスタイルの総称です。
ナチュールワインの定義には明確な国際基準があるわけではありませんが、一般的には有機農法やビオディナミ農法によるブドウ栽培、亜硫酸(SO₂)の使用を最小限に抑える醸造、培養酵母を使わず天然酵母で発酵させるなどの特徴があります。
つまり、ナチュールワインは“人が手を加えない”のではなく、“自然に敬意を払い、必要以上に介入しない”という哲学から生まれるワインなのです。
よく混同される「オーガニックワイン」と「ナチュールワイン」ですが、両者には明確な違いがあります。
オーガニックワインは、農法や製法が法的に認証された「有機」基準を満たすワインであり、国や地域の規制に沿って栽培・醸造が行われています。一方、ナチュールワインは、より自由で職人的な哲学のもとに造られるワインであり、必ずしも認証を受けているとは限りません。
つまり、オーガニックワインが「制度」と「基準」に基づくのに対し、ナチュールワインは「造り手の思想」と「自然への信念」に基づいているのです。
そのため、ナチュールワインの世界は極めて多様で、同じブドウ品種や地域でも、造り手ごとに個性が際立ちます。
ナチュールワインの最大の魅力は、その**味わいの“生き生きとした変化”**にあります。
自然酵母で発酵させるため、発酵の進行がワインごとに異なり、同じ銘柄でもヴィンテージやボトルごとに味の個性が出ることがあります。これが“生きたワイン”と呼ばれる所以です。
その味わいは、一般的なワインに比べてフレッシュで軽やか、果実のピュアな旨みを感じるものが多いのが特徴です。一方で、微発泡や濁りが見られることもあり、時には「クセがある」「変わった味」と感じる人もいるかもしれません。
しかしその“クセ”こそが、自然の力と造り手の個性が調和した証でもあります。
ナチュールワインを語る上で欠かせないのが、造り手たちの信念です。
彼らは口をそろえて「ワインは畑で造られる」と言います。化学肥料や除草剤を使わず、畑の微生物や昆虫が生態系を保つことで、ブドウ自体の生命力を最大限に引き出す。そうして育まれたブドウを、できる限り手を加えずに醸すことで、土地(テロワール)の個性がそのままワインに宿るのです。
たとえば、フランス・ロワール地方の造り手ティエリー・ピュズラや、ジュラ地方のピエール・オヴェルノワは、ナチュールワインのパイオニアとして知られています。彼らのワインは、ナチュールの“自由で生命力あふれる味わい”を象徴する存在です。
ナチュールワインのムーブメントは、1970年代にフランスの一部の造り手たちが始めた流れが起点となり、21世紀に入ってから世界中に広まりました。
現在ではイタリア、スペイン、オーストラリア、日本などでも多くの生産者が自然派の哲学を取り入れています。
特に日本では、長野・山梨・北海道といった産地でナチュールワインを手掛ける若い醸造家が増えており、“日本のテロワールを表現するナチュール”として注目を集めています。
また、ナチュールワインはレストランやワインバーのシーンでも新しい潮流を生み出しています。ナチュール専門のワインバーや、ペアリングに自然派ワインを合わせるビストロが増え、従来の“格式高いワイン文化”とは異なる、カジュアルで自由な楽しみ方が定着しつつあります。
ナチュールワインを楽しむ際に大切なのは、「正解を探さない」ことです。
一般的なワインのように評価や格付けで味を判断するのではなく、その瞬間の香り・味・変化をありのままに感じることが、ナチュールの醍醐味です。
ボトルを開けてすぐに飲むよりも、時間をかけて少しずつ味の変化を楽しむのもおすすめです。空気と触れることでワインが呼吸し、香りが開いていく――そのプロセスこそ、生きたワインを感じる瞬間です。
また、温度によって印象が大きく変わるため、赤・白に限らず少し低めの温度から始め、徐々に常温に近づけると多様な表情が楽しめます。
ナチュールワインは、単なるトレンドではなく、地球環境と共存する新しいワイン文化として注目されています。
化学肥料を使わず、自然のサイクルを尊重する農法は、持続可能な地球環境を守る一助となります。また、造り手と消費者が“自然とのつながり”を意識することで、ワインが単なる嗜好品から「生き方の表現」へと進化しているのです。
ナチュールワインを選ぶことは、単においしいワインを飲むことにとどまらず、自然・文化・人との関係を再発見する行為でもあります。
ナチュールワイン(ナチュラルワイン)は、単なるワインのカテゴリーではなく、自然と人間の調和を体現する“思想のワイン”です。
グラスを傾けるたびに、その土地の風、土、造り手の情熱が伝わり、まるで生命そのものを味わっているかのような感覚を覚えます。
ナチュールワインを通して、あなたも“自然の奇跡”を五感で感じてみてください。
それはきっと、ワインを飲むという行為の枠を超えた、心豊かな時間になるはずです。