イタリア・トスカーナ州ボルゲリ地区で生まれた「サッシカイア(Sassicaia)」は、世界中のワイン愛好家から“スーパータスカン”の象徴として崇められる存在です。
「サッシカイア」とはイタリア語で「石だらけの土地」を意味します。その名の通り、ぶどう畑の土壌には無数の小石が混じり、ボルドー地方グラーヴ地区に似た特徴を持っています。まさにこの土壌が、後にイタリアワインの歴史を塗り替える原動力となったのです。
物語は1940年代、イタリア貴族インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵の手によって始まりました。
彼はフランス・ボルドー地方のワインに深く感銘を受け、自身の領地であるボルゲリにカベルネ・ソーヴィニヨンを植樹。イタリアではサンジョヴェーゼが主流だった時代に、ボルドー品種を用いるという試みは極めて異例のものでした。
当初は自家消費のために少量生産されていたサッシカイアですが、長年の熟成を経てそのポテンシャルが開花。1968年、初めて市場に登場すると、瞬く間に世界の注目を集めました。
サッシカイアの登場は、イタリアワイン界に大きな衝撃を与えました。
当時、イタリアのワイン法ではトスカーナでのボルドー品種の使用は認められておらず、サッシカイアは“格下”の「ヴィーノ・ダ・ターボラ(テーブルワイン)」として販売されるしかありませんでした。
しかしその品質は、法的な格付けを超越していました。評論家や愛好家から圧倒的な支持を受け、国際的なワインコンクールで数々の賞を受賞。これをきっかけに、トスカーナでは多くの生産者がボルドー品種を使った高品質ワイン造りに挑戦するようになりました。
この新しい潮流は「スーパータスカン」と呼ばれ、サッシカイアはその先駆けとして不動の地位を確立します。1994年には「ボルゲリ・サッシカイアDOC」として単独の原産地呼称が認定されるという、前代未聞の快挙を成し遂げました。
サッシカイアは、カベルネ・ソーヴィニヨンを主体にカベルネ・フランをブレンド。
その味わいは、深みのあるルビーレッドの色調、カシスやブラックチェリー、杉やスパイスの複雑な香りを特徴とします。口に含むと、果実味の奥にきめ細やかなタンニンと、長い余韻を感じさせるバランスの取れたエレガンスが広がります。
若いうちは力強く引き締まった印象ですが、10年以上の熟成を経ることで、トリュフやタバコ、レザーなどの芳醇なニュアンスが現れ、圧倒的な深みを見せます。まさに“ボルドーの洗練”と“トスカーナの情熱”が見事に融合したスタイルといえるでしょう。
サッシカイアを生み出すワイナリー「テヌータ・サン・グイド」は、単なるワイン生産者ではありません。
その哲学には「自然との共生」「伝統と革新の調和」という理念が息づいています。化学肥料を極力使わず、環境に配慮したサステナブル農法を導入。ボルゲリの自然環境を守りながら、テロワールの個性を最大限に引き出すことに力を注いでいます。
また、テヌータ・サン・グイドはワインだけでなく、競走馬の育成でも名を馳せています。「サッシカイア(石の多い土地)」という名の通り、どんな困難な環境でも美しい成果を生み出すという信念が、この土地全体に息づいているのです。
今日、サッシカイアは世界の高級ワインリストに名を連ね、オーパス・ワンやシャトー・ラフィットと並び称される存在となりました。
その価格は決して手軽ではありませんが、1本のボトルには半世紀以上の情熱と革新、そしてトスカーナの風土が凝縮されています。
サッシカイアは、単なるワインではなく、イタリアワインの地位を世界に押し上げた「象徴」そのもの。グラスに注ぐ瞬間、歴史と自然、そして人の情熱が静かに語りかけてくることでしょう。
サッシカイアは「伝統に挑戦した革新」の象徴であり、今なお世界のワインシーンを牽引する存在です。
ボルドーの技とトスカーナの魂が織りなす奇跡の一杯。それが、サッシカイアの真髄です。