ワイン「カタラット」シチリアの太陽が育む透明な個性


地中海に浮かぶシチリア島は、古代から多くの文化が交差してきたワインの聖地だ。その中心で長らく地元の食卓を支えてきた白ワイン用品種が「カタラット(Catarratto)」である。長い間、大量生産向けのブドウとして扱われてきたこの品種は、近年そのポテンシャルが再評価され、イタリア南部を象徴する高品質ワインの主役へと躍進している。

 


カタラットとは?古代から続くシチリアのDNA

カタラットは、イタリア・シチリア島原産の白ブドウ品種で、その栽培面積は同島全体の約30%を占めると言われるほど広く、シチリアのアイデンティティと密接に結びついている。古代ギリシャやフェニキアの時代からブドウ栽培が行われてきた土地で、カタラットもまたその歴史の中で生き続けてきた品種だ。

 

 

学術的には、主に「カタラット・ビアンコ(Catarratto Bianco)」として知られ、さらに「カタラット・コムーネ(Comune)」と「カタラット・ルーチド(Lucido)」という2つの主要クローンが存在する。前者はより多収穫で力強く、後者は果皮が薄く繊細で香り高いスタイルを生むとされている。

 


かつての“量産型”から、“個性派”への転換

かつてカタラットは、シチリアの大量生産ワインやマルサラ酒のベースとして用いられ、品質よりも量が優先される時代が長く続いた。高い糖度と安定した収量が特徴で、特に20世紀半ばまでは大衆向けのテーブルワインとして重宝されてきた。

 

 

しかし、1980年代以降、地元の若手生産者や醸造家たちが「シチリアの土着品種の再発見」に動き出す。温暖な気候の中でもフレッシュさとミネラルを保てるこのブドウの潜在力に注目し、低収量・高品質志向の栽培やステンレスタンクでの丁寧な醸造が進められた。その結果、今日では「カタラット=軽くて無個性な白」というイメージを覆す、洗練されたスタイルのワインが続々と登場している。

 


味わいの特徴:太陽の恵みと海風のミネラル感

現代のカタラットワインは、香りと味わいのバランスが非常に魅力的だ。アロマはレモンやグレープフルーツ、洋梨、白い花などが感じられ、シチリアの強い日差しを思わせる果実味が広がる。一方で、海に囲まれた火山性土壌ゆえのミネラル感が、味わいを引き締めている。

 

 

特筆すべきは、その“塩味”のニュアンスだ。ワインを口に含むと、まるで地中海の潮風を感じるようなミネラルが舌の上に広がり、爽やかな酸味とともに余韻を残す。冷涼な標高の高い畑で造られるものほど、酸が際立ち、軽やかでエレガントな印象となる。

 


スタイルの多様性:ナチュラルからオレンジまで

カタラットは非常に柔軟なブドウで、造り手の哲学次第で多彩な表情を見せる。ステンレス発酵でフレッシュに仕上げたものは、柑橘系の香りが際立ち、アペリティフや魚介料理にぴったり。一方で、樽熟成を経たタイプは、アーモンドやハチミツのようなコクを持ち、複雑な余韻を楽しめる。

 

 

さらに近年では、果皮とともに発酵させる「オレンジワイン」スタイルでも注目を集めている。ナチュラルワインの潮流とともに、カタラットの素朴で力強い個性が再び脚光を浴びているのだ。自然酵母を使った無濾過ワインでは、スパイスやハーブのニュアンスが加わり、より野性的で深みのある味わいを見せる。

 


料理との相性:地中海料理の万能パートナー

カタラットは、イタリア南部ならではの食文化と非常に相性が良い。レモンを効かせた魚介のマリネ、オリーブオイルを使ったパスタ、グリルした白身魚、さらには鶏肉や野菜のグリルなどとも自然に寄り添う。
特にシチリア名物の「カポナータ(Caponata)」や「イワシのパスタ(Pasta con le Sarde)」のような郷土料理とは絶妙なペアリングを見せる。ワインのミネラルと酸味が、料理のオリーブやトマトの旨味を引き立て、地中海の食卓を完成させるのだ。

 


カタラットが象徴する“新しいシチリア”

今日のシチリアワインは、「安価な量産ワインの産地」という過去のイメージを脱し、土着品種を軸にしたテロワール表現へと進化を遂げている。その象徴のひとつが、まさにカタラットである。気候変動に強く、環境負荷の少ない栽培が可能である点も評価され、サステナブルなワイン造りの要としても注目されている。

 

 

カタラットは、単なる伝統品種ではない。
それは、シチリアの自然、歴史、そして造り手の誇りを映し出す「透明な鏡」なのだ。グラスの中に広がるその黄金色の輝きは、地中海の太陽と風を閉じ込めた、シチリアの魂そのものである。