アルネイス ― ピエモンテが誇る“白の貴婦人”


イタリア北部ピエモンテ州といえば、バローロやバルバレスコといった偉大な赤ワインの産地として知られています。しかし、その陰に隠れて長らく忘れられていた、優美で個性豊かな白ワインが存在します。それが「アルネイス(Arneis)」です。近年では、土着品種の復権やナチュラルワインの潮流も追い風となり、再び脚光を浴びる存在となっています。本稿では、アルネイスの魅力をその歴史・特徴・味わいの側面から掘り下げていきましょう。

 


歴史:一度は消えかけた幻のブドウ

アルネイスという名前は、ピエモンテの方言で「少し気難しい人」や「わがままな人」を意味します。その名の通り、栽培が難しく扱いにくい品種として知られています。糖度が上がりにくく、酸度のバランスも微妙に変化しやすいため、醸造家にとっては非常に繊細なブドウなのです。

 

16世紀の文献にはすでにアルネイスの存在が記録されていますが、20世紀半ばにはその栽培面積が激減し、ほとんど姿を消してしまいました。当時は赤ワイン用のネッビオーロ種を甘口に仕立てる際、苦味を和らげるためにアルネイスをブレンドしていたといわれています。しかし、赤ワインのスタイルがドライで力強い方向へと変わるにつれ、アルネイスの需要は減少。20世紀後半には「絶滅危惧品種」とまで言われていました。

 

 

そんな中、1970年代にロエロ地方の生産者たちがこのブドウの復興に尽力。特にブルーノ・ジャコーザなどの先駆者たちがアルネイスの可能性を信じ、単一品種でのワイン造りを推し進めたことで、その美しい個性が再評価されることとなりました。

 


産地:ロエロの丘に息づく白の魂

アルネイスの主な産地は、ピエモンテ州クネオ県のロエロ地区です。ここはタナロ川を挟んで、ネッビオーロの聖地バローロやバルバレスコの対岸に位置します。ロエロは砂質の土壌が多く、赤ワインよりも白ワインの栽培に適しています。この砂質が、アルネイスの繊細でミネラル豊かな風味を引き出しているのです。

 

 

ロエロ・アルネイス(Roero Arneis)は、2004年にDOCG(最上級格付け)に昇格。これはピエモンテ州の白ワインとしては非常に名誉なことで、赤ワイン中心の地域でありながらも、アルネイスが確固たる地位を築いたことを示しています。

 


味わいと香り:華やかで上品、しかし芯のある白

アルネイスのワインをグラスに注ぐと、まず感じられるのは繊細なアロマ。白い花、洋ナシ、アプリコット、時にヘーゼルナッツのような香ばしさが漂います。香りは華やかですが、派手すぎず上品にまとまっています。

 

味わいはフレッシュでクリーン。酸味は穏やかで、柔らかな果実味が広がります。口当たりが滑らかで、苦味や渋みはほとんど感じられませんが、余韻には心地よいミネラル感が残り、飲み疲れしないのが特徴です。オーク樽を使わないスタイルが主流ですが、一部の造り手は短期間の樽熟成を行い、よりリッチでクリーミーな味わいを目指すこともあります。

 

 

そのバランスの良さから、食事との相性も抜群。前菜や魚料理はもちろん、白身肉やリゾット、季節の野菜を使った料理とも調和します。特に、ピエモンテ名物のバーニャカウダやトリュフを使った料理と合わせると、土地の恵みを感じる至福のマリアージュを楽しむことができます。

 


現代のアルネイス:ナチュラルでエレガントな進化形

現在のアルネイスは、単なるローカルワインの域を超え、世界的にも注目されています。多くの生産者が有機栽培やビオディナミに取り組み、土壌の個性や自然な醸造を重視するスタイルへと進化。低温発酵や野生酵母による発酵で、よりテロワールを反映したワインが生まれています。

 

 

また、気候変動の影響でアルネイスの糖度が高まり、かつてよりもふくよかな味わいのものが増えました。とはいえ、その基本にあるのは“ピエモンテらしい上品さ”です。派手さではなく、控えめで知的な魅力を持つアルネイスは、まさに「白の貴婦人」と呼ぶにふさわしい存在です。

 


まとめ:静かな自信を纏う、ピエモンテのもうひとつの顔

アルネイスは、ネッビオーロの陰で静かに息づいてきたピエモンテのもうひとつの顔です。その繊細さ、エレガンス、そして土地の個性を映し出す透明感は、飲む人の心を穏やかに包み込みます。一度は絶滅の危機に瀕しながらも、職人たちの情熱によって蘇ったこのブドウは、今やピエモンテの誇りとして世界中のワインラヴァーを魅了しています。

 

 

「派手さよりも品格を」。そんな価値を大切にする人にこそ、アルネイスはそっと寄り添うワインといえるでしょう。